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空前絶後のサイバー雑記

10記事/月を目標にしながら更新していきます。雑記ブログです。ジャンル問わず書きたい事を書きたい時に書く気まぐれなブログです。サッカー関連が少し多めになるかもしれません。

ランドスケープ・デザインとは


大学や専門学校で、土木、建築、都市計画、造園などの分野を学んだ人なら耳にした事があるはずだ。


目次


ランドスケープ・デザインの概念

おそらく、街を行く人に「ランドスケープ・デザインって何ですか?」と聞いてもほとんどの人は知らないだろう。 ランドスケープ・デザインに関わっている人ですら明確には答えれないはずである。なぜなら、ランドスケープ・デザインの定義が曖昧だからである。造園=ランドスケープ・デザインと考える人も多くいる。人によって様々な捉え方をしているのが現状である。

「ランドスケープ(英:landscape)」とは、「風景」や「景観」を意味する。「デザイン(英:design)」は、「設計」を意味する。つまり、そのままの意味だと「風景(景観)の設計」となる。


八木健一氏の捉え方

一級建築士、登録ランドスケープ・アーキテクト(RLA)であり、八木造景研究室・主宰である八木健一氏は、自身の著書「はじめてのランドスケープデザイン」で以下のように語っている。

「風景」や「景観」とは何ぞやとか、「造園」や「環境デザイン」とはどう違うのか、難しい解釈の問題はさておき、ここでは「ランドスケープ・デザイン」を「従来の土木、建築、造園といった専門分野に割り切れない総合的な環境の計画や設計」という程度の意味に理解しておこう。

これが非常に分かりやすいと思う。また、「土木」「都市」「建築」「造園」「芸術」にまたがって存在するのが「ランドスケープ・デザイン」であると主張している。


ランドスケープ・デザインの歴史

アメリカの造園家、都市計画家である、フレデリック・ロー・オルムステッド(1822年4月26日-1903年8月28日)が、自身を「ランドスケープ・アーキテクト」と公式に名乗った事が始まりであるとされている。ニューヨーク市のマンハッタンにあるセントラルパークは、彼の代表的作品である。その他にも数多くの作品を残し、アメリカ造園界の父であると考えられている。

セントラルパーク

大きなビルが立ち並ぶ、大都市ニューヨークの中にある大きな緑の塊。いつ見てもインパクト抜群である。緑と建物の調和が美しい。こんなものが1876年に、ほぼ現在の形に完成したというから、さすがはアメリカであるとしか言いようがない。


日本でのランドスケープ・デザイン

日本では、造園=ランドスケープ・デザインという考え方が強いと思う。そして、古来から日本庭園という素晴らしい庭園がある。そのため、庭園を造る造園手法は素晴らしいが、都市を含めた総合的な風景や景観、環境の設計という考え方はあまりして来なかったように思える。そう思う理由は以下に記述する。


都市の緑

日本は世界でも非常に緑が多い国である。ただ、これにはカラクリがある。日本に緑が多いというのは、国全体として見ればの話であって、都市部に限って言えば緑は少ないのである。 そう、日本の緑の多さというのは、ほとんど都市部以外の山や森林で稼いでいるのである。

もし、日本が昔から総合的な風景や景観、環境の事を考えていたなら、現在の日本の都市にはもっと緑があるはずである。

ドイツやアメリカは昔からそういう考え方があり、長い時間をかけ着実に準備をしてきた。 特にドイツの都市の緑の多さ、都市林は素晴らしいと思う。

ただ、「日本は都市を造ってから緑を加えようとする」「欧米諸国は緑がある中に都市を造ろうとする」という違いがあるため、日本が単にダメというわけではない。しかし、それを差し引いても日本の都市の緑の少なさは酷いと思う。以下の写真を見比べてほしい。

Tokyo Frankfurt

これはドイツのフランクフルトと日本の東京である。どちらが東京か、もうお分かり頂けるだろう。これはflickrの写真を使っている。最適な写真がなかったため、距離や角度、写りの良さに違いはあるが、それでも緑の多さの違いは歴然である。

東京は皇居、明治神宮、新宿御苑が写っている写真なら多くの緑が確認できるだろう。しかし、その3つが写っていなければ、ほぼ灰一色の風景である。

フランクフルトは都市の中心にも緑が確認できるし、全体的に線的に緑が存在している。そして都市の周りには都市林が大胆に広がっている。東京は点的にしか緑が存在していない。

それに加え、東京は街並みが汚いと思う。建物が密集しすぎているし、無秩序に建てられすぎである。とにかく何でも良いから次々に建物を建てた、という印象を受ける。昔から建築基準法や都市計画法などの制約、制限が細かくしっかりしていれば、街並みは違ったはずである。


なぜ都市に緑が必要なのか

景観を良くするためだけが全てではない。見た目以外にもメリットが多くある。木陰などによる涼しげな環境の提供。空気が綺麗になる。生態系ネットワークの広がりが期待できる。など様々なメリットがある。今、一番期待されてると言えるのは、ヒートアイランド現象の緩和効果だろう。ちなみに、緑色のものだけが緑ではない。水辺、土壌も貴重な緑である。


これからの可能性

正直、欧米諸国に遅れをとっているのは否めない。それは仕方ない部分もある。ただ、日本にも多くの都市緑化政策があるのにもかかわらず、今現在も都市の緑が減り続けている現状は見つめ直さないといけない。緑化政策が有効に働いていないという事だからだ。

日本では、まだまだ土木や建築が強い。より良い総合的な風景や景観、環境を目指すには土木、建築、都市計画、ランドスケープ(造園)などの分野がバランスよく協力し合い仕事をする事が不可欠である。

欧米諸国では、ランドスケープ・アーキテクトが専門職としてバリバリやっているが、日本もランドスケープ・アーキテクトの育成と専門家としての職能確立、諸外国のランドスケープ・アーキテクトとの国際的連携を目指して、登録ランドスケープ・アーキテクト(RLA)という資格制度が始まった。毎年、認定試験が行われている。


ランドスケープ・デザインを学ぼう、そして何より自分の好きなものを

大学進学で、建築や土木の道へ進もうとしている人達!ランドスケープ・デザイン(造園)も考えてみてはどうだろう。日本のランドスケープ界はまだまだだし、課題や改善すべき点も多い。だが、それはこれからの成長が期待できる分野だという事である。高校で造園科に行っている人達は、一足先に学んでいる最中だろう。正直、自分としては早い段階でランドスケープ・デザイン(造園)という分野の存在を知っている人達が羨ましい。

元々、自分は大学進学の際、第一志望は建築だった。やはり建築は一般的な知名度が高く、イメージしやすい。建築と聞いて、建築が何か分からない人はほとんどいないだろう。自分は小さい頃から、チラシの一戸建てやマンションの見取り図を見るのが好きだった。それに加え、なんとなく「建築良いな、かっこいい」と思っていた記憶がある。それで、建築の道に進もうとした。 理系で一番人気であろう機電系には、全く興味関心がなかった。

しかし、受験で建築学科に落ちてしまった。でも、そんなに落ち込んだ記憶はない。「ああ、ダメだった」くらいの気持ちだった。 同時に受けていた土木学科には受かった。そこに通うものの、正直、土木の分野には全く興味関心が持てなかった。自分の指導教員にも「土木に全く興味関心ないんで、就職は絶対土木とは関係ない職種にします」みたいな事をなぜかドヤ顔で言っていた。失礼な発言だったなと思う。

ある時、転機が訪れる。自分の通っていた土木学科にはランドスケープ・デザインの授業があった。ここで初めてランドスケープ・デザインの存在を知る。小さな頃から緑が大好きだった自分には衝撃だった。「自分にはこれしかない」と思った。それに比べれば、建築への興味関心というのは薄っぺらい表面的なものだったと思う。

同時に「なぜもっと早く気づかなかったんだ」と思った。それもそのはず。土木分野に全く興味関心が持てず、嫌気が差していた自分は完全にシャットアウトしてしまっていた。ただ、ボーっと授業を受けるだけで、関連分野で何か自分が好きそうなものはないか、調べようともしなかった。要するに、テキトーに過ごして何もしていなかった。今思えば、こういう自身の姿勢は非常にもったいない事である。

それでも、自分にとってはそんなの気にならないくらいランドスケープ・デザインに出会えた事が嬉しかった。小さな頃から大好きだった緑が主役であるランドスケープ・デザイン。もし、建築学科に受かっていたらどうなっていたんだろう。ランドスケープ・デザインの存在を知らないままだった可能性も十分ある。そのまま建築の仕事に就いていたかもしれない。

でも、これだから人生は楽しい。どこで新たな発見、出会いがあるか分からない。先の分かりきった道筋を辿るだけの人生ほどつまらないものはないのである。

これから自分の道へ進む人たちには、とにかく好きなものを見つけ、それに没頭してほしい。